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福岡高等裁判所 昭和34年(ネ)476号 判決

控訴人 中津勇

被控訴人 永野参事

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し福岡市高宮本町五五番地の六家屋番号東高宮一四三番木造瓦葺三階建店舗兼居宅一棟、建坪一〇坪五合、外二階一〇坪五合、三階一〇坪五合を明渡し、且つ昭和三四年三月一二日より家屋明渡まで一ケ月金一一、〇〇〇円の割合による金員を支払わなければならない。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の負担、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、控訴人が金二〇万円の担保を供するときは、これを仮りに執行することができる。

被控訴人が金二〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消し、家屋明渡部分につき主文と同旨竝に被控訴人は控訴人に対し昭和三三年六月一九日より家屋明渡まで一ケ月金三万円の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決竝に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決竝に敗訴の場合担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の陳述竝に証拠の関係は、控訴代理人において、仮りに本件家屋に対する被控訴人の賃借権が、期間の定めのない賃貸借として抵当権者、従つてまた競落人たる控訴人に対抗し得るものとするも、控訴人は被控訴人に対し、本件の訴状をもつて本件賃貸借解約の申入をなす旨の暗黙の意思表示(賃貸借の存続と相容れない家屋明渡の請求)をしたのであり、右訴状は昭和三三年九月一一日被控訴人に送達されたから、その後法定期間の経過により本件賃貸借は終了し、爾後被控訴人は権限なくして本件家屋を占有するものであると述べ、新証拠として控訴代理人は甲第三号証を提出し、被控訴代理人は当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、甲第三号証の成立を認めた外、原判決の事実の記載と同一であるからこれを引用する。

理由

本件家屋は元訴外坂本敏夫の所有であつたが、同人は昭和二八年一一月四日訴外日本電建株式会社に対する債務の担保として右家屋に抵当権を設定し、同月六日その登記をしたこと、その後右訴外会社は抵当権実行のため本件家屋の競売を申立て、福岡地方裁判所において昭和三二年一〇月三〇日競売開始決定がなされ、翌三一日その旨の登記がなされたこと、右競売事件において控訴人が競落し、昭和三三年五月三〇日競落許可決定、次いで同年六月一八日控訴人のため右競落による所有権取得登記がなされたこと竝に右競落以前から被控訴人が本件家屋を占有し、現在に至つていることはいずれも当事者間に争がない。

各成立に争のない乙第一号証の一、二に原審証人坂本敏夫の証言竝に当審における被控訴本人の供述(いずれも後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、被控訴人は前記抵当権設定登記後である昭和二九年一二月二五日頃、本件家屋を訴外坂本敏夫から期間の定めなく、賃料月一万円の約で賃借し、同月三〇日頃家屋の引渡を受け、爾来これを使用占有していることを認めることができる。被控訴人は右賃貸借は期間一年の定めであつたと主張するけれども、その点に関する前記証人の証言竝に本人の供述は容易に措信できず、また控訴人は期間三年を超える長期賃貸借であつたと主張するけれども、成立に争のない甲第三号証の記載のみによつては未だその事実を肯認するに足りず、他に前段認定をくつがえすに足る証拠はない。

およそ期間の定めのない家屋賃貸借は、民法第三九五条の関係では、抵当権者に対抗することのできる短期賃貸借にあたるものと解するを相当とし、且つ被控訴人の賃借権は前記のとおり、家屋引渡により第三者に対する対抗要件をも具えたものであるから、被控訴人は該賃借権をもつて競落人たる控訴人に対抗することができ、従つて控訴人は競落により本件家屋の所有権を取得すると同時に、被控訴人に対する賃貸人たる地位を承継したものといわなければならない。

そこで控訴人の解約申入の主張について判断する。控訴人が本件の訴状をもつて、家屋所有権に基き家屋占有者たる被控訴人に対し明渡を求めていることは記録上明らかである。そして右請求は、当事者間の賃貸借関係の存続と相容れない意思の表明であるから、もし客観的に賃貸借の存在を前提すれば、これを将来に向つて断絶しようとの意思、すなわち賃貸借解約の意思表示を含むものと解して差支えない。さすれば本件訴状が被控訴人に送達されたこと記録上明らかな昭和三三年九月一一日に解約告知の効果を生じたものと見なければならない。借家法第一条ノ二は、賃貸借の解約申入には正当事由あることを必要とする旨規定する。そして右規定は、抵当権設定後になされた期間の定めのない賃貸借(抵当権実行により競落人が賃貸人の地位を承継した後も)についても、全くその適用が排除されるものとはおもわれない。しかし民法第三九五条の規定の趣旨に鑑み、この場合は賃貸人側に要求される正当事由が、具体的場合に応じて諸般の事情を勘案し、相当程度に緩和されるものと解するのが相当であり、殊に本件のように、賃貸借後既に満四年近くを経過している場合は、競落により賃貸人の地位を承継した控訴人は、他に格別の事由あることを要せずして、賃貸借の解約申入をなし得るものと解すべきである。しからば、前記解約申入の日から六ケ月目にあたる昭和三四年三月一一日をもつて本件賃貸借は終了し、翌一二日以降被控訴人は権限なくして本件家屋を占有するものであり、従つて被控訴人は控訴人に対し本件家屋を明渡し、且つ昭和三四年三月一二日から家屋明渡まで家賃相当額の損害金の支払義務あるものというべきところ、原審鑑定人古賀精敏の鑑定の結果によれば、当時における本件家屋の相当家賃額は一ケ月金一一、〇〇〇円であることが認められる。

よつて控訴人の本訴請求は、右認定の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、右と異なる原判決を変更することとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 岩永金次郎 岩崎光次)

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